第3回日本量子医学研究会(2003年5月)講演より

境界なきチーム医療「エネルギー医療」を目指して          

                 波動応用技術研究所

                               東 藤 大 輔

「スピリチュアル・ウェルビーング」という言葉はあまり耳慣れない言葉ですが、1998年WHO理事会に事務局提案として「健康に関する定義」の変更が提案されました。従来の「健康とは、単に疾病または虚弱でないばかりでなく、身体的、精神的および社会的に安寧な状態(ウェルビーング)である」と言う定義を、「健康とは、単に疾病または虚弱でないばかりでなく、身体的、精神的、社会的および霊的(スピリチュアル)にダイナミックに安寧な状態である」とする提案がなされました。(『健康と霊性 WHOの問題提起に答えて』)

 それが1999年の総会では、事務局長預かりという形で総会の議題からはずされ、それ以降のWHO総会では議題に上っていません。ただこの提案が世界中の医療に携わる人々に非常に大きな波紋を投げかけたことは確かだと思います。

 先の『健康と霊性』によりますと、このWH0の理事会提案が出てきた背景は、1988年のコンサルテーションの中で日本の委員から鈴木大拙の「肉体と精神と言う二つの対立をアウフヘーベン(止揚)する契機としての霊性」(『日本的霊性』)という概念が提案されたことが源流となって1998年の提案につながったということです。

「人間とは関係性の存在である」と定義すると、ストレス性疾患というものはまさしく「関係性の病」であり、ハンス・セリエのストレス学説以来認知されてきたテーマであるといえます。

また日本には「病は気から」「気を病む=病気」などと言う言葉がありますが、この心身のゆがみであるストレスが免疫力を低下させ、様々な病気を引き起こします。

人間性心理学のアブラハム・マズローの提起した「基本的欲求の5段階」によると、人が誕生してからその時々の段階、精神的、肉体的諸段階において基本的欲求が満たされていって最後に「自己実現の欲求」が意識の中に現れる。それによって人間の精神、意識の成長が促される、と言うことですが具体的に言いますと、まず「生理的欲求」ですがこれは摂食、睡眠、排泄への欲求が満たされること。次に「安全の欲求」ですが、赤ん坊がお母さんの胸に抱かれて無条件で安心できるような状態。そして「帰属・愛の欲求」は、自我形成期をつうじて形成される家族や共同体への帰属意識、そして自分がありのままで受け容れられたい、愛されたいという欲求で、これらは満たされるまで続きます。「承認の欲求」は、社会内存在としての個人が、自分がここにいて役割を果たす、必要とされていることに対する自己・他者による承認の欲求。これら4つの段階の基本的欲求が満たされて初めて、「自分は何をしたいのか」という「自己実現の欲求」に至る、とマズローは唱えています。

非常にわかりやすくてそのとおり、と思うのですが、私自身がこれまで4400人以上のクライエントの波動測定を通して確信したことは、マズローが言うようには、人は単線的にリニアに成長しないと言うことです。

自傷行為、ひきこもり、摂食障害などいろんな問題が表面化しています。これらの問題はマズローの言う「安全の欲求」「帰属・愛の欲求」「承認の欲求」が満たされないまま自分を押し殺し、生き延びてきて、もうこれ以上自分を殺し続けることが出来なくなった極限に、その人が唯一とりえた選択肢、自己表現であるといえます。そして人がこのような行動をとるその奥には「安全の欲求」「帰属・愛の欲求」「承認の欲求」を希求する想いがあり、さらにそれらの欲求を通低する「自己実現の欲求」が存在しています。自己の存在理由、存在意義、存在価値そして人生の意味を知りたいという根源的な欲求(自己実現)の発露としての行動です。

従ってマズローが言うように会の4段階の欲求が満たされて初めて「自己実現の欲求」が発現するということではなくて、逆に「疎外の苦しみ」「居場所の無さ」「生きづらさ」「自己否定感」などを抱えた人たちこそが「人生の棚卸」をすることで飛躍的に「自己実現」「この人生のテーマ」をつかむことが出来るのだと思います。

人は「家族・共同体への帰属意識」を育む中で、アイデンティティーを確立しながら相互依存しあう心地よさを知ってゆきます(依存性の発生)。ところが「機能不全家族・コミュニケーション機能不全家族」における「依存性の亢進」は「依存症」となり、さらにそれが亢進すると「共依存・嗜癖」となり慢性化します。

共依存とは、たとえば暴力を振るう夫に対して、暴力を振るわれ続けても「この人はわたしがいないとダメなの。本当はこの人はとてもいい人なの」とずっと思い続けて離れられずに悲惨な結果を迎えてしまう、そのような対関係を共依存と言います。

嗜癖(アディクション)とは、ワーカホリック、アルコホリック、薬物中毒、恋愛中毒、セックス依存、摂食障害、ギャンブル依存,携帯電話・eメール中毒などで、その人の時間・意識の大半を依存対象が占拠してその対象を中心に人生が回ってしまっている状態を言います。

機能不全家族とは、ルールが多い家族であったり、日常的に言葉による虐待や暴力がある家族、父親がワーカホリックであったり、親子の信頼に基づいたコミュニケーションがない、それぞれを人格を持った存在として認め合える、許しあえる、愛し合える、そういう関係にない家族、冷え冷えとした家族を言います。

機能不全家族(ディスファンクショナルファミリー)のもとで育った子供は、親の条件付の愛情に懸命に応えようとしていい子を演じ、自分のしたいことを横において親の期待に必死に応えようとします。そうして成長した人は心の深いところでさみしさ、悲しみ、居場所なさ、生きづらさ、無価値感を抱え、傷ついた自尊心を抱えながら心の空洞を埋めるために、人間関係においては、脅迫者、尋問者、傍観者、被害者といった役割を演じながらエネルギーを奪い合う「コントロールドラマ」を演じ続けます。

「したことはされたこと」、自分がパートナーや子供に対してネガティブな行為をしたことも、実は幼少期に親や兄弟から自分が受けた心理的虐待をそのまま繰り返していることが「人生の棚卸」をする中で見えてきます。

これを「依存の世代連鎖」といいます。皆さんもカルマと言う言葉を聴かれたことがあると思いますが、カルマという因果律があるとすると「依存の世代連鎖」「支配・被支配の拡大再生産」「アルコール中毒・家庭内暴力の世代連鎖」というものこそがカルマの拡大再生産になっているのではないかと思います。

こういった依存症、共依存、嗜癖の問題は、今、社会の中でますます顕在化していると思います。とりわけ私が月のうち20日ぐらい地方に出張して測定会をさせていただいているんですが、いま特に東北や北陸、山陽、四国といった地方都市の中にそういった人間関係のアンビバレンツの噴出が起こっているように思います。ところがそういった問題に対応する相談機関やカウンセラー、ソーシャルワーカー、精神科医の存在が、心を病んだ人たちとつながりを持ちえていない。

首都圏でもカウンセラーや精神科医にかかっている人たちでも、彼らが開設しているインターネットのホームページを見ますと、カウンセラーサーフィンというカウンセラーや精神科医を渡り歩いている人たちがほとんどです。

このことは逆に言いますと、今なされているカウンセリング、心理療法がいかにクライエントとラポール(信頼)が取れていないかということでもあります。

この問題こそが,WHO理事会が10年にわたって討議を繰り返し1998年のWHO理事会提案「健康とは、身体的、精神的、社会的、霊的(スピリチュアル)に安寧な状態」という健康についての再定義に結実した社会的背景であったろうと思います。

そこではじめに述べた「肉体と精神という二つの対立を、アウフヘーベン(止揚)する契機としての霊性」(鈴木大拙)、スピリチュアルな問題を考えていきます。

「身体システムと微細エネルギーシステム」についてですが、その前にディメンション(次元)とデンシティー(密度)の問題を考えたいと思います。

我々の住んでいるこの世界を3次元といいますが、本当にそうなのか?たとえば2次元と言う平面世界に住んでいる人が自分が2次元に住んでいることを認識するためには、x軸y軸にそれぞれ直交するz軸上にその視点を置かないと自分が2次元存在であることを認識できません。同様に我々が3次元存在であることを認識するためにはx軸y軸z軸にそれぞれ直交するt軸(時間軸)上に視点を置かないと3次元存在であることを認識できません。

つまり我々は、時空連続体としての4次元にも同時に存在しているということです。

そしてスピリチュアルな次元はどこに存在しているのか?それは、x軸y軸z軸t軸に巻き上げられた次元に存在しています。ではなぜそのスピリチュアルな次元、スピリチュアルなエネルギーを感じることが出来るのか?

それは我々一人ひとりが次元を貫く「ホリスティックな存在」だからです。これは「密度(周波数)のことなる存在(物質)は、同時に同一の空間を互いに破壊しあうことなく共存できる『非侵襲的共存の原理』」によって世界が構成されているためです。ピアノの鍵盤をイメージしていただくとわかりやすいのですが、7つの音階で共鳴しあう音階が和音を構成し、それがオクターブを超えてまた共鳴し合います。これを倍音共鳴(オクターブ共鳴)の原理といいますが、私たちもまたこの原理の上に存在(響存)しています。

この世界に巻き上げられた次元にあまねく満ちているヴァイブレーショナル・エナジーの受発信装置が、我々一人一人の「意識」なのです。

波動測定とは、オペレーターが波動測定器というマシンを媒介にして、クライエントが発するヴァイブレーショナル・エナジーをオクターブ共鳴させながら、コーザル・メンタル・アストラル・エーテルというレベルを通して、脳―自律神経系―交感神経系―皮膚電気抵抗値―認知情報処理―測定数値解析―カウンセリングというオペレーションを行うものです。そこではクライエントの内面において風化されずに堆積した感情の残滓や過去に受けた心的外傷のビジョンがオペレーターの脳裏に視覚化されたり、クライエントのハイヤーセルフからのメッセージが入ったりと、なかなかテレパシック状況が展開されます。もちろんそれらの情報はすべて、測定数値を解析すると有意性のある数値バランスでその根拠を提示することが出来ます。

波動測定によるカウンセリングは、その目に見えないレベル、潜在意識、アストラル・メンタルレベルにフォーカスすることで、クライエント自身が自我レベルではない、次元を貫く「ホリスティックな自己」というものを認識し、受け入れ、これまでの人生で体験してきた「つまずきの石」から何を学ぶかを気づきます。

それでは、「依存の世代連鎖」を断ち切る、スピリチュアルディメンションの観点から、「霊性による肉体と精神の分離の止揚」の契機としての、オクターブ共鳴によって非侵襲的に響存する4つのソウルボディーとそれらをつなぐエネルギーセンターとしての7つのチャクラについて、ソウルボディーから述べていきます。

「エーテルボディー」これは物質的身体に最も密接しているボディーで、AMIやEAVで計測できる微細身体です。エーテルボディーの機能低下が「気の滞り」となって身体症状にあらわれます。生命場(ライフフィールド)、気場,Chi−System(気系)、ライフフォースが物質的身体に発現する場としての身体で、マグネティックヒーリング(生体磁気療法)が作用を及ぼす身体です。

「アストラルボディー」はエーテルボディーに密接して響存し、我々がこの物理次元に存在し、ありとあらゆる感情・欲望を味わい体験し、相対化し、手放すことを学び、エゴとセルフを統合するためのエネルギー場で、このエネルギー場に強い負荷がかかると心的外傷(トラウマ)となり、長期の累積疲労からはストレス性疾患となります。

さきに、我々は4次元存在であると述べましたが、我々が体験している「予知夢」「デジャヴ」(既視感)はレム睡眠時にアストラルボディーが体外離脱し、4次元時空に巻き上げられた次元を通じて過去や未来、平行世界、異次元に行き、善悪二元論的な制限・分離観から開放され、多次元的存在としての自己を認識する体験です。    

夢を見ない、あるいは覚えていないといいますが、これはイメージ脳(右脳)で体験した内容が、論理脳(左脳)が理解できない、許容できない情報である場合は無意識下にブロックしてしまうからです。

この体験を「アストラルプロジェクション」といいます。

「メンタルボディー」は、真我(コーザルボディー)がこの物理次元に存在するための原型(テンプレート)となるエネルギー場で、純粋に精神的・知的・形而上的な思考をつかさどるエネルギー場です。

わたしたちが普段、受動的に受け取っている「ひらめき」「直感」「シンクロニシティー」「セレンディピティー」は、「メンタルボディー」が顕在意識に発現したときに起こる現象です。

個人の人生のプログラム「人生の遺伝子コード」を内蔵するエネルギー場でもあり、また一人一人を常にサポートしている存在たち(ガイド)のエネルギーが注入されるエネルギー場でもあります。

マグネティックヒーリングレベルではない、真のスピリチュアルヒーリングがこのメンタルボディーに作用したとき、ライフフォースが発現し、リバース(再誕生)のプロセスが始まります。

「コーザルボディー」は、真我、ハイヤーセルフとも呼ばれ、このエネルギー場は個人のエネルギー場を超えて存在します。

私たちは、宇宙の「源」(Origin)に還るために「個別性」(Originality)を体験しています。3次元という一番粗雑で空間を持ちうるこの次元にやって来て、いろんな学びを得てまた源に還る、ということを繰り返します。コーザルボディーは、全一統合エネルギー場でもあり、人はアストラル、メンタルレベルでの自己覚知「自分は何者か、人生のミッションは何か」を思い出した後、このエネルギー場が発現し、トランスパーソナルな存在となっていきます。そして肉体の死後、3つの下位エネルギー場を統合してアセンションして行くエネルギー場でもあります。

次にチャクラという、肉体と4つのソウルボディーをつなぐエネルギーセンターについて。

チャクラは、インドのみならずネイティブアメリカンや古代エジプトなど世界各地でその存在が認識されてきたものですが、1975年カリフォルニア大学でのヴァレリー・ハント博士によるロルフィング研究で筋電計によるチャクラの周波数解析が行われ、その存在が確認されています。

チャクラは、身体諸器官だけでなく心的領域・霊的領域と密接な関係を持っており、各チャクラの測定数値バランスを解析することで、身体症状だけでなく心理的・霊的状態も分析することが出来ます。

チャクラの数は微小なものまで入れると360以上あるといわれていますが、基本的な大チャクラは仙骨尾骨神経叢から頭頂にかけて7つ存在します。

キャンディス・パート等の精神神経免疫学の研究によって、脳と体内の各系は、ニューロペプチドとレセプターの働きによって特定の波長の感情的・心理的なエネルギーを吸収したり処理するように微調整していることがわかっていますが、チャクラはアストラル・エーテルレベルのエネルギー変化を、物質身体レベルでのニューロペプチド合成へと変換・転送するエネルギー変換装置でもあります。

第1チャクラ(ムーラダーラチャクラ)は仙骨尾骨神経叢に対応し、大地・地球との共鳴(グラウンディング)、生命エネルギー、アイデンティティーを象徴します。このチャクラは感情的、精神的な健康の基盤と言われ、感情的、精神的な安定は安定した家族・家庭環境に根ざしています。

このチャクラの数値が低い場合は、肉体的には免疫系の疾患、生殖器系の機能低下、慢性の腰痛、仙腸関節のずれ、生命エネルギーの低下などが考えられます。

精神的には、アイデンティティーの喪失、PTSD(心的外傷後ストレス障害)、うつ病、薬物・アルコールなどへの依存症的傾向、幼少期の親との関係ないし家族の機能不全などが関係しています。

第2チャクラ(スワディスターナチャクラ)は仙骨神経叢、骨盤内蔵神経、泌尿器系、生殖器系、大腸、情動(意欲、欲望、性欲、喜び、不安、悲しみ)と関係しています。

このチャクラは『パートナーシップのチャクラ』と言われ、個人としてのアイデンティティーの確立と他者との心理的境界線の確立、自己肯定と他者の尊重、そして精神的、性的成熟が大きなテーマです。

この数値が低い場合は、肉体的には泌尿器系、生殖器系、腰椎、大腸の機能低下ないし機能異常、精神的には、自己評価の低さ、共依存的傾向、他者とのパートナーシップ不全による長期にわたる不安感、悲しみ、孤独感などの深い情動の堆積が考えられます。

第3チャクラ(マニプラチャクラ)は太陽神経叢に対応し、消化器系に関係しています。このチャクラは個人としての内面の力の中心であり、人格と自我の中心磁場でもあります。

このチャクラのテーマは『自分を尊重する』ことで、自我の発露である「自由な感情」を自己表現できるということです。

このチャクラの機能低下は、自己叱責、自己への否定的評価、他者から拒絶されることへの恐怖、そして批判に対する過敏反応などによって引き起こされます。たとえば、対象喪失反応のプロセスで、グリーフワーク(悲嘆の仕事)という嘆き、悲しみ、怒り、寂しさなどの感情の開放、再構築、自己受容というプロセスを経ずにそれらの感情を自らのうちに内向内在させていくと、交感・副交感神経ともに抑制状態となり、免疫機能の低下ないし自己免疫疾患を引き起こします。

第4チャクラ(アナハタチャクラ)は『愛のチャクラ』とも呼ばれ、人間の気系の中心に位置します。

7つのチャクラの中心にあるセンターチャクラとして身体と魂のチャンネルをつとめ、健康状態と強さを決定します。このチャクラのエネルギーは本質的に感情的であり、感情面での成長を促進します。

このチャクラのテーマは、愛と慈しみの心を持って振舞うと言うのはどういうことかを教え、私たちの持つもっとも強力なエネルギーは愛であることを教えてくれるものです。

第3チャクラのテーマが「自分を尊重し、自分を愛する」ことであるのに対し、第4チャクラのテーマは「自己を愛するごとく、人を愛する」(自他一体感)ということです。このチャクラは交感神経幹の心臓神経叢に関係し、心臓、胸腺、脾臓、肺に対応しています。

このチャクラの数値が低いと、循環器系、呼吸器系の機能低下、精神面では絶望感、拒絶感、愛情飢餓感、寂しさ、悲しみ、孤独感に起因する場合が考えられます。

第5チャクラ(ヴィシュッダチャクラ)は喉のチャクラとも呼ばれ、そのテーマは『意志の力』、自己同一性(アイデンティティー)にもとづく意思表示、コミュニケーションを象徴します。

意志力のチャクラが象徴するテーマは、「自分の運命を支配できるのは自分だけだと言う視点を獲得する」ことです。

このチャクラの数値が低い場合、精神的には創造性、自己表現、意思表示、人間関係におけるコミュニケーション不全に起因するストレス、たとえば本心で思っていることと、行いにギャップがある場合などが考えられます。

第6チャクラ(アジナチャクラ)は「第3の目」とも呼ばれ、直観力や予知能力など第6感をつかさどるチャクラで、知性と深層心理との相互作用が起きて、私たちを直感と叡智へと導いてくれる霊的な中心です。

このチャクラは自己同一性を確立し、自己相対化、つまり状況についての主観的な見方から「自己を切り離す」観察精神の獲得がテーマとなっています。

このチャクラの数値が低い場合、肉体的には視床下部、脳下垂体、延髄の機能低下による自律神経系、内分泌系の異常が考えられ、その原因としては長期にわたるストレスと累積疲労による影響も考えられます。

精神的には、自己の内面に目を向け自分の中にある恐れを直視し向き合えないでいる状態、自分の「内なる声」から耳を覆って、義務感、自己犠牲的傾向が強く、自分が本当は何をしたいのかがわからなくなっている状態が続いているといえます。

7チャクラ(サハスラーラチャクラ)は「頭頂のチャクラ」とも呼ばれ、宇宙のエネルギーが身体に流入するポイントといわれています。このエネルギーは身体、心、魂に滋養を与え、このチャクラを通して全身の神経系、筋骨格系内分泌系、そして皮膚などの主要な身体系に影響を及ぼします。

このチャクラのテーマは「今という瞬間に生きる」ということです。

人が過去を悔やみ、未来を心配するとき、その人は「今という瞬間」に生きているとはいえません。

「今を生きる」とは、象徴的にいえば「天と地をつなぐ存在(導管)」となった状態、リラックスかつ集中している状態といえます。

このチャクラの数値が低い場合、大脳の各中枢を詳しく測定する必要があり、また全身の筋骨格系のバランス異常も注意する必要があります。

第1チャクラ、第4チャクラ、第7チャクラがともに高い数値であれば、天と地の気を自由に取り入れることが出来る「大周天」、「天と地をつなぐ存在」のレベルと言えます。

以上、4つのソウルボディーと7つのチャクラについてその概念を述べてきましたが、7つのチャクラがそれぞれ肉体・エーテルボディーのチャクラ、アストラルボディーのチャクラといった4つのソウルボディーに対応したテーマを持っているということが重要です。

しかしながら現時点の我々の世界観、空間認識では、各チャクラのテーマは、アストラルレベルまでしか記述することは出来ません。我々の意識が時空を超えて拡張できるようになったとき、すべてのテーマは記述可能になると思われます。

冒頭に述べた「肉体と精神という二つの対立をアウフヘーベン(止揚)する契機としての霊性」とは、我々の記述能力で言えば、アストラルレベルの7つのテーマを日々生きる場においていかにして「気づき」の契機となしうるか、ということだと考えます。

なかんずく日々の暮らしの中で「病む」ということは、生活という「人生活動」の歩みを一時「止む」ことで自らの「人生の棚卸」をして自分の「人生の遺伝子コード」を思い出し、過去のいくつかの人生でクリアできなかったテーマをこの人生で解くための「練習問題を解く人生」を終わり、「本当の人生」を生き始める(アウフヘーベン)契機となります。

病気という対象喪失体験の暗闇の、ありとあらゆる感情を味わい尽くしたどん底の放心の中で人は、「しずかなさみしさ」を味わいます。これ以上でもこれ以下でもない自身に気づき、そのあるがままを受け入れます。

自己受容、自己肯定がなされると、人のエネルギーパターンはお互いがエネルギーを奪い合う他者評価依存型から、クンダリーニという生命エネルギーが活性化し、惜しみなく与えるという自己充足型に変わります。

「しずかなさみしさ」の中で芽生えた他者への共感は、自己肯定にもとづいた他者への共感、他者との間に心理的境界線を確立した上での他者尊重、すなわち第2チャクラのテーマ「真のパートナーシップ」へと成熟していきます。

それにともない第3チャクラの自我、感情、自尊心は安定し、第4のハートチャクラからは、条件付ではなく無条件の愛が放射されます。

自己責任と当事者意識にもとづく行動と意志表示は、お互いのエネルギーを奪い合うコントロールドラマの人間関係から離脱し、自立と自律、自己覚知への道を開きます。(第5チャクラ)

自己受容、自己肯定、自己同一性を確立し、真のパートナーシップを理解すると、状況についての主観的な見方から自己を切り離す「観察精神」を獲得します。そして自我が静まり真我との対話が始まり、社会的文化的催眠術からの覚醒が起こります。(第6チャクラ)

第7チャクラの「今という瞬間に生きる」とは「天と地をつなぐ存在」と同時に、肉体、エーテル体、アストラル体、メンタル体、コーザル体がオクターブ共鳴で直結した状態です。このときにハイヤーセルフと一体となり、セブンセンスをフルナビゲートさせることが出来るようになります。

人間を、肉体と精神を分離、対立したままでの医療ではなく、粒子性と波動性を統一したエネルギー場としてとらえ、「病」というものを「エネルギーアセンション」のチャンスととらえる「エネルギー医療」の実践を「境界なきチーム医療」のテーマとして掲げたいと思います。

『だれもが傷ついています。傷つくことから学んだ知恵、苦しんだ体験から得た知恵が癒すのです。傷ついた者同士が癒すのです。専門知識よりも、人間的な理解のほうが力を持っています。耳をかたむけること、これはもっとも古いばかりでなく、もっとも強力な癒しの方法です。そして、知恵よりも、耳を傾けるその態度にこそ、癒しが隠されています。』

              『失われた物語を求めて』 レイチェル・ナオミ・リーメン
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